こんにちは! 永理です!

最近、ふと。前に読んだ「編集王」という、マンガ雑誌編集者が主人公のマンガを思い出しました。マンガ家自身がいいと思ってない作品を、商業的な理由で描かされる悲劇!みたいなエピソード。

ときどき「自己満足はいかん!」みたいに言う人がいるけど、嫌なものを描いて売れても幸せじゃない!というのにすごく共感した。

プロはなかなか描きたいものを描けない?

そういえば、浦沢直樹先生も、自分が本当に描きたかった「MONSTER」や「20世紀少年」を描かせてもらえるようになるまでに、先に「YAWARA」や「Happy!」を描いたというようなことを言っていた記憶が。

浦沢先生の場合は「YAWARA」をそこまでいやいや描いてたわけじゃなさそうだけど、まず大手出版社のマンガ雑誌でデビューして、そこで連載を勝ち取り、かつそれを何度もヒットさせたあとでないと描きたい作品が描けないなんて、死ぬほどハードル高い。

そんな遠い道のりは目指せないので、わたしは最初から「描きたいものを描く」道を進む。

描きたいものを描くというのはただの自己満足?

というかまず「自己満足はいかん!」という言質には甚だ抵抗がある。

それはつまり、仮に自分が「ものすごくいい!」と思うものができたとして、それを自分「しか」いいと思わないなんてあるだろうか? 否としか思えないという点。

もし、みんなが「いまいち」と思うような出来だったら、多分自分ではもっと「いまいち」と思ってるはず。「自分だけがいいと思っている=ただの自己満足」という事態はわたしの場合、ありえない気がする。

ただ描きたいものが描ける力をつけるべく

問題はそれよりも、自分でいいと思う作品がなかなか描けないということ、それ自体の方で。

描きたいように描いてみたところで、「描きたかった」ようには描けていない。いろんな力が足りない。

結局、自分で「いい」と思えるものが作れるっていうことが幸せなのかなと思う。

プロでも、毎回「まだまだだ」と思うとも聞くし、自分が表現したかったことが「描けた」と思えたら、もう死んでもいいとかそういうことなのかもしれない。

そういえば学生時代は授業中ずっと落書きばっかりしてた。落書きをもっと純粋に楽しめていたあの頃の気持ちを新たにリマインドして描いていきたい。

というわけで、脈絡もないようだけど、賑やかしに描きたかったものを描いた落書きを載せときます。

ではまた来週ー♪ 永理でした。

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